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徒然閑話 Column

2015/06/01

2015年(平成27年)6月 水無月

 私は昭和25年生まれの寅年です。小学校低学年の時、すなわち昭和31年・32年・33年に、今では伝説ともなった西鉄ライオンズの日本シリーズ3連覇がありました。有難いことに、私はその3連覇の試合を父親に連れられ平和台球場で観戦しています。はっきりとした記憶はありませんが、球場が凄い盛り上がりだったことと、「稲尾~!」「中西~!」「豊田~!」と言った叫び声にも近い歓声が上がっていたことはよく覚えています。ここが私の野球好きの原点だったようです。

 その時のことを振り返って、中西太さんが書かれた本に次のような一節がありますのでご紹介します。いささか長くなりますが、私にとっては、いや、現在の経営者の方々にとってもとても参考になると思われる一文なのでお付き合いください。

「(当時常勝球団のパ・リーグ南海ホークスとセ・リーグ読売ジャイアンツに対抗して)南海を倒してリーグ優勝しない限り、三原(脩、西鉄ライオンズ監督、筆者注)が巨人に挑戦する権利は手に入らないのである。そこで三原が考えたのは「遠心力野球」という発想だった。

南海や、巨人といった名門のオーソドックスな組織中心スタイルは、三原によれば「求心力野球」である。目標に向かって心をひとつにし、フォア・ザ・チームに徹するためには決めごとで選手を縛りつける。その管理が、求心力だ。それなら、管理よりも個性を尊重したらどうか。ときには中心を向かず、軌道から外れそうになっても、とてつもないエネルギーを発する。それを利用するのが、求心力に対する遠心力という考え方だった。

 管理、管理でスキのない野球をしてくる南海をやっつけるには、ときにはめちゃめちゃでも、強大なエネルギーを持つ個性・・・。むろん個性といっても、野放図に放任するのではない。しつけは厳しかった。エラーはしかたないにしても、集中していれば防げるいわゆるボーンヘッド、守備ではスキップしないなどの簡略動作、そして他人に迷惑をかけることに関しては、ことのほか厳しかった。」

(「西鉄ライオンズ 獅子たちの「闘争」」 中西太著 ベースボールマガジン社)

 この対比話は以前からいろいろな方々が語ってこられています。私も「求心力経営」と「遠心力経営」と読み替えて、常に検討テーマとして持ち続けています。皆さんはどうお考えになりますか?

 写真は左から、中西太氏、豊田泰光氏、故稲尾和久氏の直筆サインボールです。

(代表 灘谷和德)

 

中西太サインボール 豊田泰光サインボール 稲尾和久サインボール